第三十五話 痒いところに手が届く
このタイトルを見て、何を思い浮かべたことだろうか。
そうそう、あれあれ。挿絵にもあるこれしかないでしょ~
「痒いところに届かない。」
1年前ぐらいから左の腕が途中から上がらず、無理して上げようとすると電気が走るような痛みに襲われる。これが噂の五十肩。『まさか自分がなるとは』と誰もが思うことだろう。これが案外、厄介で不便極まりない。
コートやジャケット、Tシャツを着る時ですら痛みを伴うし、もちろんゴルフなんていう運動にも直結してくる。その中でも一番不便を感じるのが、背中の痒み。どうやっても届かない。でも痒い。これはどうしたものか真剣に悩む。話を聞くところによると、痛みが引くのに1~2年はかかるらしく、なかなか長い付き合いになるようだ。痒みとの戦いもそんなに続くのか。。。
「かい〜の。」
背中の痒いところを壁の角に当てて擦り付ける。
そこで思い出すのが間寛平のギャグ『かい~の』。お尻か背中の違いかで、やってることはまったく同じ。そんな自分が情けないけど笑えてくる。中学の友人の中にも数人が五十肩。しかしながら体型もなにも変わらない人もいるのだから、いかに普段の生活が荒んでいるのかを痛感してしまう。
禁煙も始めたことだし、体型含めそろそろ自分ケアを始めていこうと心に決める。最近こっそりジム通いしているので、数ヶ月後には効果が見られるのではないかと、ボク自身楽しみにしている。
「孫の手。」
話を戻そう。
背中の痒み悩みを抱えて早一年、やっと解消される日がやってくる。先日1泊の温泉に行き、おみやげ屋さんに立ち寄った際昔ながらの『孫の手』を発見。竹でできてて先っぽにはゴルフボールのようなのがついているあの『孫の手』。いままでは興味も関心もなく目にも入ってこなかったものが、必要な人にはものすごい宝物のように見えてくる。まったく不思議だ。
手彫りの民芸品バージョンもあったのだが、ボクは昔ながらの『孫の手』をチョイス。価格の相場も見当がつかない代物だけに、値段を聞いてビックリ。¥360也。そうだったんだーと心の中で擦り合わせ。大人の一歩を踏み出した感覚に。
おかげで、毎日を快適に過ごせている。痒いだけでなく、なにかっていうと手にとっては叩いたり振り回してみたり、常に手の届く位置に配置されている。こんなにも役に立つものだったのかと思う反面、実は五十肩も少しずつ治ってきている現状も併せ、『孫の手』には大変うれしく感謝申し上げる次第でございます。
「まとめ。」
昭和のモノで消えてなくならず、令和まで生き抜いている『孫の手』。やっとボクの元までやってきた。
昔の映画では、演出に欠かせない小道具として大活躍。工場の社長さんや不動産屋さん、下町の応接間にはたいてい置いてある『孫の手』。ネーミングもまた大胆で、もはや世間で知らない人がいないぐらいの浸透力。
一生手にしない人もいるであろうが、ボクはこの『孫の手』1号をきっかけに長い付き合いになることが予想される。五十肩が治ってもずっとそばにいることだろう。
みなさんも恥ずかしがらずに、ホラっ!